
数十年でもまちの風景は大きく変わります。神奈川県川崎市は日本の中でも大きな変化を遂げたまちのひとつでしょう。2025年秋に開催された企画展「写真の中のかわさき 第2弾——変わりゆくハマ川崎」には60年以上前の川崎市の姿を記録した写真が20点展示されていました。この展示がユニークなのは、写真パネルを自由に手に取って、半世紀以上前の川崎の様子に思いを馳せられることです。川崎市では、新しいミュージアムの構想が進められています。この展示は、街の中に点在する「まちなかミュージアム」のあり方のひとつの試みとして国立アートリサーチセンターや東京藝術大学と連携し企画されました。文化資源を活用して、人々の健康を支える「文化的処方」を街の中に増やしていく、国の研究事業の一環でもあります。

昔の私たちのまちの姿、今のまちの姿

「写真の中のかわさき 第2弾」の会場となったのは川崎市役所本庁舎復元棟2階の「Museum +205(ミュージアムプラス205)」。2023年に竣工した新しい本庁舎の中の「復元棟」に新しくできた展示空間です。「写真の中のかわさき」展は、川崎市の文化資源である「川崎市写真コンクール」の応募作品を通じて、戦後の川崎のまちなみや人々の暮らしを知り、過去から現在へと街の人々のつながりをつくる展示です。同コンクールは1957年から始まり、市民が撮影した川崎の風景が数多く残されています。

一般的な展覧会では、写真パネルは壁に展示されることが多いですが、この展覧会では2024年の展示を踏襲したアプローチが採用されていました。展示されていたのは、1960年代の入賞作品を銀塩技術で再プリントした写真。来場者は写真パネルを手に取り、特設台に置くと、写真がモニターに大きく映し出され、左右のモニターには写真の題名、撮影者、撮影年、撮影場所などと共に、写真の注目ポイントが会話調で表示されます。単に写真を鑑賞するだけでなく、そこからよみがえる記憶や気づきを共有し語り合うという参加型の展示が目指されていました。今回の展示は、川崎市市民ミュージアムによる展覧会「ハマ川崎─海と陸の狭間をたどる─」に合わせて企画されました。川崎の臨海部に焦点を当てた15点と、前回好評だった5点の計20点の写真データを銀塩写真へと復元して展示しています。

来場者は写真に触れ、自分に何か縁のある土地を見つけたり、写真をみて想像が広がり、会場からは自然と声が上がっていました。海苔の養殖の様子や、臨海部での生活の写真を見た人は「昔は海がこんなにも近かったんですね。海上生活をしていた人がいたなんて驚きです」と語り、繁華街の写真の前では「当時もこんなに賑やかなビルがあったなんて。ビアガーデンの看板も見えますね。なんだか楽しそう」という感想が聞かれました。

大きな画面の前で何人かで写真を見ると視点が広がり、さらに様々な当時の要素が浮かび上がってきます。ビルの看板の文字、ファッション、車、建物の様子。見れば見るほど、新しい発見が生まれてきます。「もしかしたら、ここに写っているのは私の父かも」と話す来場者も見られました。写真が記憶を呼び起こし、知らなかった川崎の姿に出会う。……そんな場面が会場のあちこちで生まれていました。また、この展示で感じたことをカードに書き、スキャナーで読み取るとリアルタイムで大型画面に取り込まれ、その感想は展覧会のアーカイブスとして残される仕組みも今回の展覧会から導入されました。





こうした対話を生み出していたのが、アートコミュニケータ「ことラー」の存在です。アートを介したコミュニティを育む「こと!こと?かわさき」で活動する彼らは、アートを介して人と人、人と場所をつなぐ役割を担っています。会期中の週末には会場に立ち、来場者と一緒に写真を見ながら気持ちが和む会話の場をつくっていました。今回、世代もバックグラウンドも異なる2人のことラーに話を聞きました。
「毎回違う出会い、違う発見がある」 瀧田聡士さん

瀧田聡士さんは、現在ことラーになって2年目。普段はデザイン系の仕事をしている瀧田さんがことラーの活動を知ったのは、Instagramで流れてきた「ことラー募集」の記事がきっかけといいます。元々、アートを介して生まれるコミュニケーションに興味があった瀧田さんにとって、地元の川崎市での活動という点も魅力だったそうです。普段の仕事との違いを聞くと、「自分自身のデザインの仕事では、世に出してしまうと、もう説明できないけど、ことラーの活動では、目の前に人がいるのでコミュニケーションを取って、何を感じたか聞いたり、説明ができるのが魅力ですよね」と語ります。また、伝えるだけでなく、相手の表情や感情に触れることができるのが面白いといいます。

瀧田さんはことラーの役割の醍醐味をこう表現します。「同じことが2回ないんです。毎回毎回違う出会い、違う発見があるんです」。来場者の体調も気分も日によって異なり、同じ写真を見ても違う反応が返ってくる。見る側も伝える側も一期一会。それがことラーの現場です。「毎回違う出会い、違う発見」。この新鮮さが活動を続ける原動力になっているそうです。
ことラーである自身の役割については「円滑剤」と言います。「来場した方が写真を見て感じたこと、気になったことを、お話をしながらちょっとずつ膨らませていく。それほど、すごいことではなく、私自身は軽い感じなんですけど」、と笑いますが、実際の写真を一緒に目の前にしながら、会話をつむいで鑑賞を深めていくことラーの存在が「作品を見る解像度」を上げているのは間違いありません。ぼんやり見ていれば数秒で通り過ぎてしまう写真が、ことラーとの会話を通じて深く、多様な視点が見えてくるのです。
今回の展示で印象的だった作品を尋ねると、繁華街の写真を挙げました。「パッと見ると看板とかに目が行きがちなんですけど、よく見ると窓が開いていたり、歩く人が半袖だったり。季節の話になって、当時の暮らしの営みがある。そこから話が広がっていきました」。写真をじっくり見ることで、そこに写っていない時間や空気まで見えてくる。対話を通した鑑賞の真髄がそこにあるように感じました。
「ふさぎ込んでいた心が開放された」山﨑皓陽さん

普段は大学生という山﨑皓陽さん。「もともとアートにすごく興味があったかといえば、……実はそれほどなかったんですよ」と笑います。ことラーへの応募は川崎市岡本太郎美術館でチラシを見つけたのがきっかけでした。「それまでアートと自分とのつながりが想像できなかった。だけど、いろんな年齢層の方とコミュニケーションを取りたいという気持ちもあって、自己成長の場と考えて応募しました」
山﨑さんは自発的なボランティア活動ははじめてだと言いますが、現在は楽しみながらことラーという役割に取り組めているそうです。また、対話型鑑賞と呼ばれるような、コミュニケーションを取りながら誰かと一緒に作品を鑑賞する活動を通じて、自分自身の変化を感じているといいます。「自分の気づきを誰かに話したいという気持ちが湧いてきて、ふさぎ込んでいた心が開放されるようでした」。以前は展覧会で作品を見るときは「一人で見たい派」だったという山﨑さん。今では友だちと美術館に行くようになったそうです。「対話型鑑賞は、自分みたいに、それほどアートに興味がない人間でも手を出しやすい。美術・アートの楽しさに触れる一歩のきっかけになると思いますね」

50代の会社員と大学生。バックグラウンドも動機も異なる2人ですが、共通しているのは「対話を通じて自分自身も変わっていく」という実感でした。写真を見る。誰かと話す。新しい気づきが生まれる。そのシンプルな循環が、この「写真の中のかわさき」展で確かに根付き始めています。
そして、この変化はことラーだけにとどまりません。会場で対話を交わした来場者もまた、写真を通じて知らなかった川崎に出会い、隣にいた誰かと記憶を分かち合う体験をしています。
作品や地域の資源を介して人と人がつながり、まちの記憶が次の世代へと手渡されていく……。そんな光景こそ、「こと!こと?かわさき」や川崎市市民ミュージアムが大切にしているものではないでしょうか。この展示には、その思いが自然なかたちで息づいていました。

関連リンク 写真の中のかわさき 第2弾 変わりゆくハマ川崎
https://www.kawasaki-museum.jp/event/32295/




