国立西洋美術館(東京・上野公園)所蔵のクロード・モネ《睡蓮》は、日本でもっともよく知られている西洋絵画のひとつだろう。写真はその《睡蓮》を見ながら、何人かで一緒に発話をしながら楽しむワークショップの様子だ。「今、目に映っていること(客観的事実)」や「見えていることから考えたこと(主観や意見)」について、言葉が重ねられていく。1作品、15分ほど。それぞれの発言に耳を傾け編集していく進行役のファシリテータがいるので、みんな安心して発言が進む。一般的に、展覧会などで一つの作品を鑑賞している平均的な時間は1作品が10から20秒程度といわれ、15分は相当じっくりと見ていることになるのだが、実際にやってみるとあっという間で面白い。
この鑑賞方法では、作家の名前や美術史的背景を話すのではなく、今まさに視覚で捉えている「見ているもの」をありのままにじっくりと観察しながら、言葉を重ねていくことが特徴だ。たとえば、小学校の頃に朝顔の観察をした時のように、絵をじっくりと観察していく。「絵画鑑賞」というと美術の知識を持たずに見ても仕方がないと思う人は多いが、植物についての知識がなくても、視覚的な手がかりから朝顔の観察ができるのと同じように、絵画鑑賞も美術の知識がなくとも可能だ。事前の知識よりも実は「じっくりと絵画を観察する」という体験をしたことがない人が多く、その「ゆっくり見る」こと、つまり国語で言えば「精読」に慣れていないだけのことが多い。それがこの写真のように5人ぐらいで一緒に絵画を観察していくとじっくり見る体験が無理なく楽しめる。昨今、世の中では「タイムパフォーマンス(タイパ:短い時間でどれだけの効果を得られるか)」が重視される傾向にあるので、ゆっくり鑑賞する体験自体「極めて非日常の時間」になる。しかしだからこそ体験の価値がある。その時間は絵の世界にしばし没入してみんなでトリップしている感じ。この鑑賞方法を体験すると「ゆっくり鑑賞」のコツがわかり、一人でいつでも自分のペースで絵を鑑賞できる視野が得られる。
この「ゆっくり鑑賞」には実はさまざまな効用がある。もちろん絵画についての学びが深まるのは当然なのだが、近年は「健康に良い」可能性について研究が進んできている。絵の世界に「没入」する時間や、見えているものから「想像」を広げていくことや、「今」という時間に集中することが、ストレスに強い心をつくる可能性もあるらしい。美術鑑賞が好きな人ならアート体験の効用は思い当たるふしもあるかもしれないが、21世紀になってから「アートの健康効果」についての研究は大幅に増え、人々の健康と幸福(ウェルビーイング)に資するアートの活動や文化政策が、ヨーロッパをはじめ多くの国々で見られるようになってきた。世界保健機関(WHO)の報告書でも、認知症リスクの低下や生活習慣病の改善、望まない孤独と関連する精神疾患などに対し、アートが新たな役割を提供すると指摘している。
新たにはじまった「ああとも」プロジェクトでは、近年関心が高まっている健康や幸福感に寄与するアートの活動に注目し、実践的に活動しながらこの分野の調査研究すすめ、報告をしていく予定だ。また、関連の書籍や資料を併せて紹介し、先進的事例も多くの方々と共有できればと考えている。
ちなみに、東京・竹橋にある東京国立近代美術館では、対話を交えた鑑賞会が展示室で「開館日はいつでも」行われている。そんな美術館は日本ではここだけかもしれない。※参加は無料(要観覧券)