超高齢社会におけるアートの可能性(後編) 

⸺ミュージアム・医療・福祉の連携を通して⸺

| [写真]斉藤有美[インタビュー]稲庭彩和子[構成]井上英樹

「Creative Ageing ずっとび」は、超高齢社会に向けて東京都美術館と東京藝術大学が取り組むプロジェクトです。Creative Ageingとは、創造的に年を重ねるという意味で、「歳を重ねる」ことをポジティブに捉えています。ずっとびは、東京都美術館の愛称である「都美(とび)」に「ずっと」をつなげた言葉です。いくつになっても、ずっと、美術館や美術が身近にある社会を目指して、東京藝術大学との連携をはじめ専門分野を超えた研究と実践を重ねています。今回は、ずっとびのプログラムに関わる4人の方からお話を伺いました。前編に続き、後編をお送りします。

前編からの続きです。

東京都美術館「フィン・ユールとデンマークの椅子」(2022年)
オレンジカフェ とびラーと楽しむ美術館めぐり ⸺デンマーク家具の世界⸺

連携は「手札が増える」こと 

千ヶ﨑:私の今の部署である地域福祉コーディネーターは活動の枠が広いんですよ。とっても。 

編集部:活動の枠というのは? 

千ヶ﨑:例えば、社会福祉協議会のファミリー・サポート・センター事業は子育て支援に特化していて、高齢者の支援はできません。また、権利擁護センターでは判断能力が低下した方への支援が対象となります。しかし、私たちの部署が立ち上がって8年目になる現在、地域福祉コーディネーターは地域の相談を丸ごと受ける部署として機能しています。基本的にどんな相談でも受け入れることができるのです。例えば、生活相談、ハトの糞害から、ペットに関すること、一人暮らしの最期をどうするか……。対象年齢も0歳から100歳超えの方まで対応できます。このような自由度の高さが大きなポイントだと思います。 

ちがさきさん
千ヶ﨑さん

稲庭以前、千ヶ﨑さんから美術館の活動が地域に入ってくることに対して「カードが増えることはすごくうれしい」と言ってくださったことを覚えています。

千ヶ﨑:選択肢としてのプログラムは、たくさんあっていいと思うんですね。例えば、高齢者の方や認知症の方がQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質、生命の質)を上げるためには、介護や医療サービスだけではなく、生活の中で感じる生きがいや楽しみといった「手札」をたくさん持っておきたいですね。体操やダンス、カラオケなどのアクティビティだけでなく、アートという選択肢が増えるのは非常にありがたいことです。

藤岡:2024年の夏にはアクティブシニア向けのプログラム『動く、遺影!イェイ!イェーイ!』を開催します1。対象者は65歳以上で、体を動かすことに関心のある方なら誰でも参加可能です。参加者はとびラーと一緒に美術館で絵を見て、作品を楽しみ、人生を振り返りながら、コンテンポラリーダンスユニットのアーティストと共に体を動かして、その姿を「遺影」として残します。ちょっとチャレンジングなプログラムになるんですけどね(笑)。

認知症が気になる方たちとアート作品を鑑賞する

稲庭:楽しそうですね。ほかにはどんな企画が?

藤岡:昨年に続き 東京藝術大学大学美術館にて、『ずっとび鑑賞会』を開く予定です。 対象は65歳以上の方で認知症が気になる方とご家族です。藝大美術館にある収蔵品の中から、高齢者や認知症の方が鑑賞しやすい作品を選んで展示します。こうした取り組みを通じて、病院や地域福祉の方々にアートや文化が健康につながるという認識を広めていきたいと思います。

ふるさとの家というタイトルの絵を見て話をする人たち
鈴木栄二郎 《ふるさとの家》、キャンバス/油彩、1946年、東京藝術大学蔵
東京藝術大学大学美術館 ずっとび鑑賞会(2023年)写真:中島 佑輔

海外では病院がその必要性を判断した患者の来館を美術館が受け入れる社会的処方や博物館処方箋という取り組みも始まっています。病院や地域福祉からも積極的にプログラムを進めていただき、双方向的なコミュニケーションが活発になると良いと思います。このずっとびは研究プロジェクトでもあり2、社会的なインパクトや当事者に起きていることを科学的に検証することにも取り組み始めているところです。プロジェクトを検証しながら福祉や医療と美術館が連携した取り組みが国内や海外にも波及することを目指しています。

金濱:藝大美術館も『ずっとび鑑賞会』にとても積極的で、黒川廣子館長や熊澤弘教授自ら作品選びを一緒にしました。「色使いがはっきりしている作品がいいかな」とか、「抽象ではなくて具象にしましょうか」などと、絵を鑑賞する方たちを想像しながら5点の作品を選んでいきました。

藤岡:作品選考は特にクライテリア(評価や判断を行う際の基準や指標)はなかったのですが、子ども時代を思い出しやすいような絵や物語を想起するようなものも考慮しました。

金濱:そうですね。対話型鑑賞が盛り上がる、フックとなるような要素を探しました。改めて一つ一つの作品の図録を見返し、鑑賞者に合わせて作品を選ぶことで、普段の展覧会とは違った視点でのセレクトになったことを黒川館長も喜んでいて、新たな作品活用の機会となったようです。昨年の実施時は、作品の前にはソファや椅子が置かれ、ゆったりと鑑賞できる環境をセッティングしました。グループごとに作品を20分ずつじっくり鑑賞して、とても会話が弾みましたね。

美術館の展示室の壁に沿って、椅子が並べて展示されており、その前で4人の人が立って椅子を鑑賞している
東京都美術館「フィン・ユールとデンマークの椅子」(2022年)
オレンジカフェ とびラーと楽しむ美術館めぐり ⸺デンマーク家具の世界⸺

藤岡:今までの事例でいうと、 先ほど、少しお話しが出た『オレンジカフェ とびラーと楽しむ美術館めぐり ⸺デンマーク家具の世界⸺』では絵画ではなく椅子を鑑賞しました。デンマークの家具デザイナーであるフィン・ユールの椅子を前に、自分の家にある家具の話をしたり、買うのだったらこの椅子がいいとか、逆に椅子はもういらないというご意見も出ました(笑)。会場には実際に座ることのできる椅子がありまして、参加者が座る際には医療福祉スタッフがさっと補助をしてくれます。その自然な動きに驚きましたね。じつに、自然にサポートしていました。こういう動きは私たちにはできません。基本的にどの展覧会も、医療福祉スタッフと一緒に、事前に展示室を下見しています。「ここ暗いから危ないね」「つまずいちゃうから気をつけよう」など、医療福祉の専門的な視点からも意見をいただいて、一緒にプログラムを作っていきました。医療福祉の専門家と一緒に企画ができることがすごく心強いですね。

野本:そうですね。医療福祉の専門家は見るべき所や振る舞い方などを学んでいるので、自然と動けますね。

千ヶ﨑:会話などをしながら、その方の身体能力をさりげなく見ているんですよね。本当に、皆さんすごいです。

あなたが声かけてくれたなら、という安心感

話をするふじおかさんとのもとさん

編集部:おもしろい試みであっても、プログラムを告知する周知はとても難しいと思います。どうやって、参加者を集めているのですか?

金濱:チラシなどを配布していますけれど、それだけでは集客が難しいので医療関係者に地域の高齢者に対して直接お声がけいただくことがありますね。

千ヶ﨑:地域福祉コーディネーターは、地域の高齢者の方たちと、お互いに知っている関係を築いています。「この方やご家族は気に入ってくれるかな?」という気持ちで、一本釣りで声をかけることもありますね(笑)。

藤岡:本当に助かっています。千ヶ﨑さんがチラシを直接手渡ししてくださると、「千ヶ﨑さんがすすめてくれてるから行こうかな」という安心感があると思うんですね。

千ヶ﨑:「楽しそうだなあ」と思っても、なにかひとつでも不安があると行けないんですよね。ですが、日頃の顔のつながりがあるので「あなたが声かけてくれたなら安心な場なのね」という信頼関係ができている。もちろん、チラシは広く周知する良さはありますね。

金濱:あるイベントで人が集まらなくて困っていた時、千ヶ﨑さんにご相談したらすぐ申し込みが来たことがありました(笑)。

千ヶ﨑:あの時も1本釣りでした(笑)。こちらから背中を押すようなことがないと、参加しにくい方はたくさんいらっしゃいますから。

話をする藤岡さん

稲庭:皆さんは、これまでの活動での気づきや今後行っていきたいことはありますか?

野本:臨床現場で働いていると感じることがあります。それは認知症は家族の存在が非常に大きいということです。本人が徐々にいろんな能力を失っていく中で、家族がどう受け止め、どう対応するかでその人生に大きく影響する。そういう意味では、もっと家族にフォーカスを当てたプログラムがあってもいいのかなと思っています。

稲庭:ケアをしている人のケアですね。

野本:ええ、家族は非常に重要です。介護者同士のつながりを、アートを介して提供できるのではないかと感じています。もう一つあります。美術館にアクセスできる人は普段は家で生活している人が多いと思います。医療機関などに入院・入所している人にもアートに触れる時間や体験を提供できればと。入院生活は退屈ですし、やはり楽しみは少ないんですよね……。例えば月に1回でもアートに触れる機会があれば、楽しみが増え、生き生きとしてくるのではないでしょうか。

千ヶ﨑:野本さんのお考え、私も同感です。認知症の家族としての当事者会のようなつながりが必要だと感じています。陰ながら支えている家族は本当に大変で……。今の日本では家族制度がまだ残っており、「家族が介護して当たり前」という意識や圧力が強いのも事実です。そのため、ケアしている側の心のよりどころが必要だと感じています。

編集部:当事者だけではなく、家族のケアも同時に必要なのですね。

千ヶ﨑:そうですね。……最近、孤独死の問題をよく耳にします。身寄りがない人、身寄りがいても疎遠な独り暮らしが多くなっています。その方たちに情報を届け、外に出ていただくための支援が必要です。孤独・孤立は高齢者だけでなく、日本国内には一定数の引きこもりが存在しており、そこには若い人も含まれます。そういった方々に、絵を見るだけでなく、とびラーのようなコミュニケーションを通じて楽しみや生きがいを提供できればと思いますね。

かなはまさんとちがさきさん

金濱:とびラーと絵を鑑賞することだけでなく、「横にいて話を聞いてくれる存在」がとても良いと感じる方も多いようなんです。美術館に行くことって、日常とは異なる場所に行くということですよね。すると、よそ行きの服を着たり、おめかしして出かけるようになります。家族も変化を感じ、ご家族を含めた全ての参加者が楽しそうだという様子が伝わってきます。

編集部:プログラムを楽しんでいただいているんですね。

かなはまさん

金濱:そうなんです。以前に、プログラムに参加してくれた方が再応募してくださることがあって、それがすごくうれしい。これからも何度も来てくれるようなプログラムを作っていきたいですね。楽しみにしてくれている人がいることを忘れないようにしていきたい。そのためには、これまでの振り返りで出た問題点を一つずつ解決していくことも大切だと考えています。

藤岡:アクティブシニア向けのプログラムに参加した人が、とびラーに応募してくれる事例もあるんです。プログラムの「参加者」という関わりから、美術館を拠点としたとびらプロジェクトに、とびラーとして関わるようになることで、超高齢社会や孤立・孤独の問題を一緒に考えていく仲間が増える、その輪が広がっていく感じがしています。この「おもしろさ」をどう続けて行くかを、プログラムで考え続けたいですね。

稲庭:クリエイティブヘルスの情報や事例はまだ少なく、美術関係者が企画を考えても「医療関係サイドにから門前払いされるのではないか」と感じることもあるでしょう。だからこそ、福祉や医療側でもニーズがあり、地域とつながって共生社会を作っていく方向性があることを発信する必要を強く感じました。皆さんの経験を知り、続く人や地域が増えるかもしれませんね。今回は、皆さんありがとうございました。

  1. インタビュー時点では開催前でしたが、このプログラムは2024年8月7日に開催されました。開催報告はのリンクからご覧いただけます。
    東京都美術館 Creative Ageing ずっとび 【開催報告】「動く、遺影!イェイ!イェーイ!」 ↩︎
  2. 「Creative Ageing ずっとび」は「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」事業と連携しているプロジェクトのひとつです。 ↩︎