アートが生まれる場所

前編では、やまなみ工房の空間が持つ特別さと、「本人はどう思っているか」という問いを軸にした環境づくりについてお聞きしました。後編では、文化的処方を研究する稲庭彩和子が、やまなみ工房の実践を社会にどう広げられるかを探ります。美術業界との関係、スタッフの育成、地域との連携。そして山下完和さんが「それしか方法はない」と語る、アートの力についてお聞きします。


稲庭 やまなみ工房のスタッフの方々は美術の素養があってここに来ているわけではないとお話しされていましたが、一方で作品がたくさんあって、国内外を問わず多くの関心を集めている。幸せな時間を作ろうと寄り添っていた活動が、結果的にアートという表現になっていることについてはどう思われますか。
山下 正直、よくも悪くもどちらに転んでも僕にはコントロールできないことだと割り切っています。一人の障害のある人がここに来て自分なりに楽しいことを見つけた。その楽しいことが、周りにある道具を変えてみることでもっと喜びを感じるかもしれない。スタンプの紙を大きくしたり、スタンプになるようなものをもっといっぱい用意したら表現も変わるかもしれない、喜ぶかもしれないという意味でやっていて、その先どんなアートにつながるかという欲や狙いはないような気がします。
本人もアートとか、いい作品を作ろうなんてことはなくて、偶然それを見た人が「これはアートだね」と言ってくれることで「ラッキーだな」くらいの感じです。周囲でどう思われているか、どう評価されているかはあまり気にしていません。僕らが、彼らの作品に対して狙いや過度な着目をするようになったら、彼らとの日常が変化してしまうんじゃないかという気もしますね。

稲庭 一方で、やまなみ工房にいる作り手への関心は高まっていますよね。このような社会の見方が変わってきたのはいつ頃からですか。
山下 そうですね。ここ20年ぐらいの話でしょうか。福祉業界の中では、一時期「アール・ブリュット」(Art Brut:生の芸術。正規の美術教育を受けていない人々による芸術作品)という言葉が発生し始めて、海外で評価された障害のある人の作品が逆輸入されるようになりました。その頃から、障害のある作り手と美術館との関わりも増え始めたように思います。

稲庭 その頃に、美術館での展覧会などでも見る機会が増えましたね。
山下 地域で自分らしく生活できるよう、様々なサービスを通じて日常生活や社会生活を総合的にサポートすることを目的とする「障害者自立支援」という言葉があります。だけど、僕ら側からすると、彼らに教育的にもっと価値ある絵が描けるように指導することではなく、彼らに対する正しい理解を促すことが本当の障害者自立支援だと思っています。僕たちがプロダクトになるための絵を描かせようとしたり、美術の中で評価されるための手立てを組んで優秀な学芸員やアーティストを呼んできて指導させるとなると、下請け作業と同じような工程を歩むだけになる。その人のよさを消してしまうんじゃないか。そう思っていますね。

稲庭 ある美術館の方が作品の集荷に来られたとき、山下さんがぜひ作家を紹介させてくださいと言ったら、「作家さんのことやその背景とかドラマは必要ないんです、私たちはこの目の前にある作品だけでいいんです」と言われたこともあったとか。
山下 はい(苦笑)。「評価しているのは作品だけなんだ」という時代もありました。……むしろ、あえて知りたくないみたいな感じでして。作り手の印象を通して作品を見ると変わってしまうから、と。
稲庭 山下さんたちは作品を通して彼らのことを伝えたいのに……。私自身、いくつか工房的な福祉作業所を海外も含めて見てきましたけど、やはり、やまなみ工房はほかと全然違うというのが私の感触です。一番の違いは何だとご自身は思われますか。
山下 いろんな場所で、その場所ごとにその人と向き合っている結果なので、施設としてこうあるべきというよりは、今のやまなみの94人にとっていいことをしているだけです。施設に人が合わせるんじゃなくて、人に施設が合わせているから違うだけかもしれませんね(笑)。

稲庭 新しく入ってくるスタッフは、「やまなみ工房の在り方」を吸収していくと思うのですが、ここの文化をスタッフが学んでいくのはどのようにされているのでしょう。
山下 自由にしてもらっているんですよね。もちろんスタッフミーティングや職員会議など、福祉職員としてやるべきことはきちんとしています。その基本となる部分を差し置いて「自由」だと言っているわけではありません。僕は障害のある人たちから人として大切なことを学ぶ環境にあると思うし、支援員として「支援」に縛られずに対等な関係性があると考えています。お互いを裏切れない気持ちや思いやる気持ちが自然に芽生えてくるのかな。スタッフだから「こうあるべき」という言葉を僕は一切言いませんし。
稲庭 先にいるスタッフの背中を見て覚えていく感じですか。
山下 どうでしょうね(笑)。ミーティングもあまりしないですし、それぞれのやり方です。ただ共通しているのは「本人はどう思ってるんやろう」ということ。自分がこう思うからこうしなさいではなく「本人はどう思ってる? これでいいのかな?」という問いかけを常に持つことで結果が生まれているのかなと思います。

稲庭 作り手と接するように、スタッフとも同じように接しているということですか。
山下 はい。僕は常に「スタッフファースト」と言っています。スタッフがどうすれば心地よくなるかを考える。だからスタッフはスタッフで、作り手がどうすれば気持ちよくなるかを考える。細かな制度を覚えなきゃいけないとか資格を持たなきゃいけないとか、そういうのはあまり考えません。専門性や社会性よりも、スタッフも相手のことを考え、その結果「僕も僕でいいんだ」というところがあるのかなと思います。
稲庭 山下さんにとって、居心地のよさとはどういうものですか。
山下 そうですね。自分のうれしいことを人が自分のことのように喜んでくれたり、何度失敗しても許してもらえるという安心感、逆にそれを生かせる空気感。それが「みんなにある場所」じゃないですかね。誰一人、自分のことを悪く思っていないという信頼みたいなところ。それが居心地のよさです。
あと、「距離感」もありますね。みんながみんな仲よくて好きで信頼しているわけでもないわけです(笑)。苦手な人がいればうまく距離感を取ればいい。それぞれがポジションを取ることができるように常に采配をしています。
「何かを生かす」とか、「この人はこういう能力がある」とかではなく、「この人はどうすればストレスなく自分を発揮できるか」という空気を作っているつもりです。実を言うと、やまなみ工房を利用してくれている人の中には、よそでうまく行かなかったとか、人間関係で苦労されたとか、そういう方が多いんですよ。基本どこにも属せなかった人たちがようやく見つけた自分の居場所みたいなこともある。安心感かもしれないですね、スタッフを含めて。

稲庭 やまなみ工房の作品を見ていて感じるのは、攻撃的な要素が少ないことです。ある公募団体の展示を見た時のことです。公募展って部屋ごとに空気が全然違うんですね。グループによっては攻撃性を感じて、10分以上いるのが難しい部屋もある。でも、ここは色や形、総合的なことなんでしょうけど、ハーモニーがあるという感じがします。
山下 ありがとうございます。そうですね。作品も作り手も、お互いに干渉しないし、いい意味でお互いを認め合っている。同じ空気を吸って生まれてきている表現なんじゃないですかね。基本みんなハッピーですから(笑)。満たされているからこそ、作品にもそれが出るんだと思います。

稲庭 やまなみ工房は福祉のスタンダードとは異なるかたちであるように感じます。ここは本当に違う次元の世界が広がっていると思いますが、やまなみ工房のスタンダードをほかで実現するというのはあり得ることですか。
山下 ええ、どこでもできると思います。別に特別なことをやっているんじゃないんですよ。僕らも基本的なスタンダードができているから、その上でこれができるんだと思いますし。必要なのはスタンダードのプラスアルファだと思います。スタンダードがスタンダードで終わっているから面白くない。退屈になる気がしますね。「うちの施設ではこうなんだ」ではなく「今の時代、この人と向き合うこの瞬間はこうなんだ」ということがかたちになっていくんじゃないでしょうかね。
稲庭 2016年に相模原障害者施設殺傷事件(津久井やまゆり園の元職員が、同施設に刃物を所持して侵入し入所者19人を刺殺、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた事件)がありました。その後も、あのような社会を震撼させる事件でなくとも、障害者に対する事件などをニュースで見聞きします。やまなみ工房で行われているような、その人への関心の寄せ方や、クリエイティビティが生まれる状況を大切にしていくことが、障害とは何か、人とは何かという理解を深めていくかもしれません。また、それぞれが考えている「スタンダード」から、今の目の前の人に合わせていく可能性、変化につながるかもしれませんね。
山下 稲庭さんのおっしゃるように、僕はもうそれしか方法はないぐらいに思っています。ああいう事件、考え方が起こるのは、まだまだ福祉従事者の頑張り方が足らないからだと思います。障害のある方を「生産性がない」とか「無用な人」だとかではなく、そういう伝え方しかまだできていない。また、そんな環境設定しかできていないから「何もできない人」にしてしまっている現状がある。

稲庭 社会の環境がそうしてしまっている。
山下 そうなんです。生産性や就労ではない視点に変えることによって様々な表現ができる。僕にできることがあって彼らにできないことはいっぱいあるけど、彼らにしかできない魅力もある。だから、彼らの好きなこと、得意なことだけができる環境さえ作れば、そこから生まれるものって、人の心を動かし、惹きつけるものがあります。
例えばある町の障害者と呼ばれる人たちは「かわいそうな人」「不幸な人」「何もできない人」という印象があるかもしれない。だけど、世間の見方が変わって「やまなみの人たちってすごいね」となってくると、世間との間に障害という言葉がなくなってくる気がします。アートにはそういう力があるのかなと思います。人と人がお互い排除したり否定したり、違いを指摘して暴いて指をさすのではなく、お互いの得意なことを見つめ合いながら「すてきだね」と言えるような関係性が、アートを通じてこの地域の子どもたちとも生まれてきています。

稲庭 やまなみ工房は地域に開かれていて、素敵なカフェがあったり、作品制作をする場所も見学が可能です。こちらには地域の方たちがよく見学に来るのですか?
山下 ええ、たくさんの人が訪れてくれますし、僕らも行くようにしています。以前は地域で展覧会をしても、来てくれるのはほとんどが関係者か高齢者。10代は数十人しかきてくれませんでした。そうであれば、ただ待っているのではなく、地域の学校に僕らが行ったらいいと考えました。展覧会を企画して全ての学校の空き教室で巡回展をしたんです。それで町の8000人の子どもたちにやまなみの作品を知ってもらえることができました。こういう活動を続けていけば、10年後、20年後に何かが変わるかもしれません。
展覧会も純粋にアートを見て、楽しんでもらいました。いわゆる「人権学習的」ではなく「うわ、何このボタン」「何これ、いっぱい恐竜がいる!」という反応で、そうすると自然と「こんな絵を描く人すごいな!」となってくる。作品を作っている人が「障害者」ではなく「一人の個の存在」として地域の中で認知されるきっかけになりました。言葉でいくら伝えてもフィクションだし、見ることで自分の中で変わりますから。
稲庭 たくさんの施設や行政の人たちが、やまなみ工房の見学に来ているようですね。障害者施設の運営や、スタンダードのままの福祉行政のやり方を変えていきたいと思った場合、実現していくきっかけやポイントは何でしょうか。
山下 至ってシンプルで、「本人がどうすれば喜ぶだろう?」というのをただひたすら形にしていくだけです。難しいことではないんです。誰でもどこでもできることだと思います。「置かれた場所で咲きなさい」じゃなくて「咲く場所に置いてくれよ」とみんな思っていると思います。誰もが”その場所”に出たら影響を与えられる力はある。結局は、そういう人間力だと思います。

稲庭 先ほどクリエイティビティを大切にすることについて「それしか方法はない」とおっしゃっていましたね。そこをもう少し聞かせてください。
山下 彼らの得意なもの、好きなものが、この形だからです。たまたまアートなんですね。彼らの環境を変えるのも、彼らのことを理解するのも、僕はこうやって彼らとずっといるこの数十年間で、みんな作品を通して彼らのことを知るということが多い。そこで初めて「障害って自分の思っていたイメージと違う」とか「障害あるなしに関わらずすばらしい」とか、その人のことを直接ストレートに結びつける接着剤になっている。彼らと社会をつないでいるのは僕らじゃなくて、この作品の力だったなと。ここに来てくれる人を引きつける磁力も作品です。
そういう意味で、彼らのアートがすべてを変えていっていると思います。僕自身がいくらしゃべっても、一つの作品ですべてが変わる。親御さんも幸せな気持ちになったり、すべてそれがきっかけとなって動いていく、うねりとなっている。
稲庭 この作品だけがここに存在していてもだめで、この作品をいいと言ってくれる人がいて、その影響で町が変わりつつあるのですね。
山下 美術の中での評価は影響力が大きいです。町の銀行の一角で展示してもらうのと県立美術館に収蔵されるのとでは、影響力が一気に変わる。不思議なことに同じ人の作品なのに箔がつく。だから、僕たちは正当な評価を受けられる環境をまず作らないといけないし、そのためには機会をいっぱい作らないと届かない。そう思いますね。
稲庭 文化的処方という考え方を深めていくときに、大学や美術館などの既存の教育や研究機関が狭く捉えてきたアート・芸術の範囲を、ぐっと人間の根源的なところまで広げて考えないと文化的処方は考えられないということに改めて気づきます。そうしたときに、やまなみ工房の活動がそれを考えさせる具体的な場になっている。どこから人のクリエイティビティや芸術性の発露があって、そうした行為は身体的にどうかかわっているか、という研究はほとんどされていません。実践の場もそれほどない。そういう意味でこの場がそれを考える活動になっているのかなと思います。
山下 本当に自分自身の世界を、たった一人の自分の世界を築いているだけのような気もします。僕らにとっては何ら特別なことでもないんですね。美術というキーワードで考えると、彼らと向き合って40年になりますが、「こんなの美術のうちに入らない」「美術じゃない」と言われていた時代もあったし、「これを美術と認めたら美術側の人がかわいそうだ」と言われたこともありました。
そんな経緯があって、いろんな中での今の到達だと思います。ただ、どう言われても40年前も彼の作品は同じ人形だったし、同じ絵だった。そこは変わっていないんです。ただ、周りが変わってきているだけで、彼らはずっとそこにいるという感じです。

社会福祉法人やまなみ会 やまなみ工房 施設長
高校卒業後、様々な職種を経て1989年に「やまなみ共同作業所」へ支援員として入職。1990年「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、一人ひとりの思いやペースを尊重した表現活動の支援を始める。2008年より現職。 利用者が生み出すアート作品は国内外の美術館で展示・収蔵され、世界的な注目を集め続けている。2026年8月、その独自の取り組みを綴った『咲ける場所に置いてくれ―福祉の素人集団が無限の可能性を引き出した!世界を虜にするやまなみ工房のアート―』(ライフサイエンス出版)を刊行。
