写真の中に入る体験から対話が生まれる

~「写真の中のかわさき」~  

| [写真]斉藤有美[文]井上英樹

地域が開催する「写真展」は、まちの成り立ちや生活を記録する貴重な資料になり得ます。また、展示方法次第では写真の中に「入る」体験も可能です。 

2025年1月26日(日)まで川崎市役所本庁舎復元棟2階205会議室にて開催されている「写真の中のかわさき」(国立アートリサーチセンター、東京藝術大学、川崎市市民ミュージアムが企画)は、1957年以降に公募された写真を展示しています。一般的な写真展では、フレームに収められた写真が壁に飾られることが多いですが、この展覧会では異なるアプローチが採用されています。

展示されているのは、銀塩技術で再プリントされた20枚の写真パネルです。これらは1960年代の川崎市写真コンクール入賞作品で、特設台にパネルを置くと、撮影場所や関連動画をモニターで楽しめます。また、デジタル化された300点の写真を大型モニターで自由に鑑賞することもできます。

来場者の中には、普段の鑑賞スタイルと異なる体験に少し戸惑う方もいましたが、パネルを設置台に置くと、写真が中央のモニターに大きく映し出され、左右のモニターには関連動画や写真データ(題名、撮影者、撮影年、カメラの情報など)が表示されます。 

映像や文字情報をきっかけに、「ここは川崎駅前だね」「昔はこうだったんだよ」といった会話が自然と生まれていました。写真と補足情報が組み合わさることで、記憶が鮮やかに蘇り、「ここで買い物をしたことがあるよ」と、何十年も前の思い出を話し始める来場者も見られました。

さらに、展示スペース内には「あなたの中のかわさき」と題したマップが設置されており、来場者が自身の感想や思い出を自由に書き残すことができます。「アメリカンドッグを食べた思い出」「ボーリング場に通った懐かしい記憶」「こんなに素敵な駅だったんですね!」といった数多くのメモがマップ上に貼られ、写真展が人々の記憶や感情を共有する場となっていることが伝わってきます。

MUSEUM TRIP 写真の中を旅しよう!

2024年11月16日と23日に、「写真の中のかわさき」の関連イベント「MUSEUM TRIP 写真の中を旅しよう!」(全4回、各回定員10名)が開催されました。このイベントでは、アートコミュニケータ「ことラー」※1 と一緒に、写真展をおしゃべりしながら楽しむことができます。また、認知症フレンドリーなワークショップとしても位置づけられ、認知症が気になる方やそのご家族も一緒に楽しめるプログラムです。
 
※1「ことラー」とは「こと!こと?かわさき」で活動する、アートを介して人々のつながりを生むコミュニケータです。

イベントは、参加者たちが写真展会場で作品を観覧するところから始まりました。「懐かしいね」「これ、どこだろう?」「まるで違う国みたいに見えるね」といった声があちこちから聞こえてきます。たとえ自分が暮らしているまちであっても、1960年代の風景はどこか遠い世界のように感じられるようです。

続いて、川崎市市民ミュージアムの学芸員である鈴木勇一郎さんと、国立アートリサーチセンターの稲庭彩和子さんによる「MUSEUM TRIP 写真の中を旅しよう!」の紹介が行われました。この紹介では、展示されている写真が撮影された背景や、川崎市が工業化・都市化へと変貌していった時代の様子、さらに公募写真をデジタル化し、銀塩技術を用いて再現したプロセスについて解説されました。また、写真パネルにはNFC(近距離無線通信技術)のICチップが仕込まれており、関連情報を表示する仕組みについても説明されました。

参加者たちは「なるほど、そういうことだったんですね」と感心しながら、写真展の意図や背景に理解を深めていきました。その後、参加者は「ことラー」たちと共に、より深く写真を鑑賞するため別室へと移動しました。

参加者は3つのグループに分かれ、テーブルを囲む形で向かい合って座りました。机の上には、先ほど展示されていた写真がランダムに並べられています。まずはそれぞれの自己紹介の前に、ことラーが「この写真の中に入りたいと思うものはありますか?」と問いかけました。すると、参加者たちは写真を前に少し戸惑った様子を見せます。 

「写真に入る?」 

「どれだろう……」 

「どの写真の中に入りたいか」というテーマは少し抽象的だったようですが、それぞれが気になる写真を選び始めます。自己紹介と共に選んだ一枚を紹介します。ことラーは「なぜその写真を選んだのですか?」と質問を重ね、参加者から会話を引き出していきました。「私が嫁いだ昭和40年頃は、道が舗装されていなくて、路地を掃くと土が舞って……」とエピソードが語られます。「そうでしたね」と深く頷く人もいます。 
 
「写真を選んだ理由」を語る中で、参加者同士の共通点が次第に見つかっていきます。特に、全員が川崎にゆかりのある人々であることが、大きな共通点として浮かび上がりました。ことラーの丁寧なインタビューが進むにつれ、場の雰囲気が和らぎ、参加者全員が打ち解けた様子になっていきました。

次のセッションでは、1枚の写真をじっくりと15分ほどかけて鑑賞します。通常、それほど長く写真を見る経験はないでしょう。それに今回の写真は公募作品であり、参加者自身と直接的なつながりがないものばかりです。しかし、時間をかけて鑑賞することで、写真から新たな発見や感想が生まれていきました。 
 
最初にモニターに映し出されたのは、建物の造成を眺める2人の人物が写った写真でした。親子のようにも、姉妹のようにも見えるその姿が印象的です。 

[題名] 百合ヶ丘団地にて  [推定される撮影場所] 麻生区百合丘団地
(写真提供:川崎市市民ミュージアム)

「団地ですかねえ」 

「子どもが見ているのかなあ」 

「うーん」 

ここでは写真だけが大きく映し出され、先ほどのギャラリーで見たような関連情報は表示されません。そのため、最初は会話がなかなか盛り上がらない様子でした。そんな中、ことラーが「写真を見て感じたことや気づいたことを自由に話してみてくださいね」と話しかけます。この場はクイズのように正解を探す場ではなく、作品に対する感想や想像を共有する場であることを伝えたのです。 

すると、ある参加者が「なんか数字が書いてありますね。これ、なんだろう……8622? 分譲地の番号ですかね」とつぶやきます。その言葉がきっかけで、参加者全員が写真に注目し始めました。中には立ち上がり、モニターに近づいて細部を確認する人もいます。「大きく表示された写真だからこそ、普段は気づかない細かな情報が見える」と、多くの参加者が実感しているようでした。こうして、写真を見る解像度が次第に上がり、会話が弾み始めます。

「アスファルトも敷いてないみたい。側溝もありませんね」 

「足場が木じゃないかな」 

「この2人、団地が完成したら住めたらいいねって話しているのかなあ」 

「お母さんと子どもでしょうか?」 

「じゃあ、この写真を撮ったのはお父さんかな?」 

「工事現場なのに作業員が一人もいませんね」 

「あ、奥の建物には洗濯物が干してありますよ。あそこはもう完成しているんだ」 

「こんな風景見たことないけど、なぜか懐かしいですね」 

「幸せな雰囲気を感じますね」 

「私は少し寂しい感じがします」 

参加者は写真を通じてさまざまなことを語り合います。撮影者の意図を想像する人、写っている人物の気持ちを考える人、写真を自分の記憶や人生と重ねる人……。最初はただ写真を眺めているだけだったのに、次第に深い対話が生まれていきます。 

あっという間に15分が経ち、次の写真が映し出されました。今度はプールの写真です。しかし、このプールは少し不思議な場所にあります。どうやら駅前にあるようなのです。 

気がつくと、全員が写真の中に入っている

[題名] 不明  [推定される撮影場所] 川崎区京急川崎駅前
(写真提供:川崎市市民ミュージアム)

どこかの駅前にプール。なかなか衝撃的な写真です。いったい、どのような状況なのでしょう。すると、このプールを実際に使った人が参加者の中にいました。 

「これは京急川崎駅ですね。電車の形からわかりますし、小学生の頃、このプールに入りましたね。美空ひばりの『真っ赤な太陽』が流れていたなあ」 

「電車の窓が開いていますよね。当時はクーラーなかったから蒸し暑いでしょうね」 

「いいなあって覗いているんでしょうね(笑)」 

「プールサイドに花輪が飾っているから、開業すぐに撮ったんじゃないでしょうか」 

「冬はどうしていたんでしょうね」 

「釣り堀だったのかも」 

「そうそう、昭和40年代頃までは釣り堀がたくさんあったんですよね」 

「パラソルには企業名がありますね。そうだ、この工場がありましたね」 

団地の写真でウォームアップができていたのでしょう。会話が途切れることなく、感想や情報が交錯します。おもしろいことに、皆さんの会話を聞いていると、写真の中の温度や色、交わされていた会話、音、空気感、匂いなどまでもが伝わってきます。気がつくと、その場にいた全員が写真の中に入り、五感で写真の世界を体験しているようでした。 

アートコミュニケータと共に作品を鑑賞する経験

ことラーのナビゲートで、参加者は写真のなかに「入る」ことができました。しかし、これはことラーだけの力ではなく、参加者一人ひとりの想像力、そして写真パネルに組み込まれたテクノロジーなど、多くの要素が絡み合った結果といえるでしょう。このような対話型の鑑賞方法は、写真展に限らず、絵画や彫刻、インスタレーション、映像作品などにも応用可能です。作品を媒介として人々がつながり、共有された感覚や記憶が新たな発見を生む場を作り出すことができるのです。そしてなにより対話がうまれ、対話によって鑑賞した作品は「体験」となります。 

「写真の中のかわさき」のイベントは、対話型鑑賞の可能性を広げ、鑑賞者自身が能動的に作品と向き合う楽しさを体験できる貴重な機会となりました。このような取り組みが、今後さらに広がりを見せることで、アートが私たちの日常とより深く結びついていくことを期待させます。「MUSEUM TRIP 写真の中を旅しよう!」は、写真という記憶が、新しい対話を生み出し、人々をつなぐ未来の可能性を感じさせるイベントでした。