
2024年11月に川崎市本庁舎で開催された「写真の中のかわさき」展。2025年8月の大阪・関西万博を経て、2025年11月には第2弾「写真の中のかわさき−変わりゆくハマ川崎」として開催されました。展示されている写真を来場者が手に取り特設台に置くと関連情報が表示される仕掛けや、来場者が写真にコメントを残せる仕組みなど、展示は回を重ねるごとに進化しています。技術面を担当する東京藝術大学の桐山孝司先生に、そのねらいを聞きました。
紙からデジタルへ。~コメント収集の進化~

編集部 今回の展示「写真の中のかわさき 第2弾-変わりゆくハマ川崎」(2025年11~12月)では、展示をご覧になった方からのコメント収集の方法がユニークでしたね。
桐山 前回の「写真の中のかわさき」の展示(2024年11月~翌1月))では、展覧会の感想を付箋に書いて、それを川崎市の地図台に貼ってもらう方式でした。これはこれで直感的で良かったのですが、付箋が増えると物理的に重なってしまうという課題がありました。重なりを解消するため、誰かが定期的に付箋を整理して減らす必要があったので、今回の展示ではもう一歩進めてみようと考えたのです。

今回は展示されている写真が撮られた約60年前にメッセージを届ける「はがき」を用意しました。それにコメントを書いて、横にあるスキャン機能がある「みらいポスト」に投函すると、コメントが読み込まれます。はがきにはNFCタグ(無線通信できる小型ICチップを内蔵したデバイス)が組み込まれており、どの写真についてのコメントかを識別しています。そしてはがきが投函されるたびにモニター上の写真の脇にコメントが増えていく仕組みになっています。




来場者がコメントを残すなど展示空間に来場者の「関わりしろ」をつくる展示のコミュニケーションデザインは、国立アートリサーチセンターと共同で議論をしながらつくってきました。展示を見た来場者が写真についてコメントを書くことで、その人の思いや知識や経験がそこに表現されて、それをまた別の人が見て、さらにコメントを書くという表現につながるのです。コメントを書くと展示物を自然とじっくり見ることにもつながります。だから、このようなコメントを書くという来場者が表現できる仕組みを重視しているんです。

「文化的処方を体験しよう!Hello Future! 100年ミュージアム」(EXPO2025大阪・関西万博、2025年8月)の展示を稲庭彩和子さん(国立アートリサーチセンター主任研究員)たちと共に作り上げたのですが、稲庭さんから聞いた会場での様子がとても参考になりました。
万博の展示では、来場者のスマホの中にある写真から1枚、本人が「文化的処方」と思う写真を選んでもらい、それを展示空間にある大きな画面に出るシステムを作りました。写真が大きなディスプレイに表示されると、自分の撮った写真も展示の一部になったような気持ちになりました。その延長上で、今回は文字ではありますが、自分のコメントが画面に出てくることを大事にしています。

編集部 裏ではデジタルが動いているのに、表面上ははがきを書くというアナログ行為がおもしろいですね。スマホでの入力は検討されなかったのですか。
桐山 スマホ入力も考えたのですが、ちょっとハードルがあること、そして「感想を書く」というニュアンスが薄くなりそうだったので手書き方式にしました。実際にやってみると、感想はバラエティがありますし、言葉だけではなくて絵を描く方もいて、手書きの良さを感じています。

万博では来場者が多かったこともあって500件ぐらいコメントが集まりました。あの時のテーマは「あなたの中の文化的処方」で、皆さんが文化的処方を聞いてどう思ったかがよくわかりましたし、今回の展示でも、当時の文化や生活への関心が強く現れました。
アイデアはイギリスでの出会いから
編集部 展示の写真にもNFCタグが入れられ、所定位置に置くと情報がモニターに現れます。この情報を表示する仕組みは利用者にとっても手軽ですね。
桐山 展示でNFCタグを使ったのは前回の「写真の中のかわさき」展(2024年10月)からです。実はその半年ほど前に訪れたイギリスで「ミュージアム・イン・ア・ボックス」という装置の開発者と話したことがきっかけになっています。

ミュージアム・イン・ア・ボックスは、イギリスで開発された「触って学べるミニ・ミュージアム」のような装置です。NFCタグ を貼ったオブジェクト(立体作品、カード、写真など)を箱の上に置くと、そのオブジェクトに紐づいた 音声解説が自動再生される仕組みになっています。NFCタグの手軽さと、音声が耳から入ってくることで親しみやすい雰囲気を作り出せる点に感心しました。
Museum in a Box
それにインスパイアされ、違う形に発展させたのが今回の展示です。川崎市庁舎では、展示スペースに広がる形で写真を展示し、ディスプレイも3枚を広く横に並べて配置しましたので、空間全体が「ミュージアム・イン・ア・ボックス」になったような状態です。イギリスのボックスは一つの装置で完結していましたが、私たちの展示では部屋全体がボックスとなり、そこにコメントを集めるシステムがネットワーク化されるというふうに発展できました。NFCタグのコストは1枚数十円程度ですので、ほかの展覧会の仕組みにも応用できると思います。
テクノロジーは見えない方がいい
編集部 桐山先生の手がける展示テクノロジーは、入力はアナログ的で見る側も取っつきやすいですね。
桐山 藝大で展示物を作ることに関わっていると、展示を見に来る人にとってはテクノロジーは必ずしもメインではないことが分かります。
人の気持ちの中で作用するのは、実際に見たり体験できるものです。人がその体験に接点を持つには、どちらかというとテクノロジーは見えない方が内容に集中できるように思っています。稲庭さんたちとも話すなかで、「直感的であること」を重視してきました。子どもでもシニアの方でも特にハードルがないようにしたい。「出力はデジタルだけど入力はアナログ」というのはそういう理由からです。
AIロボットとの対話実験——来場者の知見を次に繋げる

編集部 今回の展示では、AIロボットとの対話実験もされていると伺いました。
桐山 岡山大学の中澤篤志先生の研究室と一緒にやっています。この会場に3台のソーシャルロボットを設置します。このソーシャルロボットは、大規模言語モデル(LLM)を用いていて、さまざまな話題について会話ができるようになっているんです。ロボットの背後で動くAIが、展覧会に訪れた鑑賞者に対して質問を投げかけたり、会話をします。複数のロボットがいますので、「ロボットと一対一で話す」のではなく、会話に参加する体験が得られます。3人のロボット同士が話を回した後に、来場者に話を振るというような形ですね。
会期中に2回ワークショップの日を設けて、来場者に会話に入ってもらいました。子どもも大人も参加しています。ただ、会話は成り立つんですが、少し不自然ではあるんです。どうしてもタイミングをロボットに合わせなくてはなりません。いま、スマホを使ってChatGPTなどを使う機会が増えていると思いますが、スマホやパソコン上でAIと「会話」をするなら、会話のやりとりに間合いが大分あってもそれほど気にしない。しかし、声での会話になるとテンポが大事で、間合いに関してはまだ難しい感じがします。

編集部 その「間合い」も間もなく解消されるでしょうね。ロボットとの会話で印象的だったエピソードはありますか。
桐山 ワークショップの際に、70代くらいの男性の来場者がやってきました。ある写真を見て「このビルの3階に歌声喫茶がありました」という話をしてくれたんです。それをロボットの会話の中で記録しておくと、次の人との会話からそのエピソードを応用することができるんです。次に来た人が「いろんな店がありますね」と言うと、「歌声喫茶もあったそうです」と、発話経験を話に出してくる。さらにロボット自身で調べて「歌声喫茶では当時はロシア民謡などが歌われていました」というおまけ情報も出てくる。
ロボットのワークショップをやる前に、ことラー(アートコミュニケータ)のワークショップを開き、写真を見て考えたことを話すセッションを行いました。AIにはその時のアートコミュニケータ同士の対話もインプットしています。このように、あらかじめ情報のストックを作っておいて、そこからさらに会期中に発話体験を追加していくという使い方をしました。展覧会というローカルな場面での会話の蓄積を作っていきました。来た人の経験値を蓄積するという意味においては、今のAIでもかなりいけてると思います。
展示は発展させる機会

編集部 桐山先生にとって、展示とはどのような機会なのでしょうか。
桐山 私の中では、展示は「発展させる機会」という感じを持っています。締め切り効果みたいなことですけど(笑)。2025年は横浜美術館と川崎市と関西万博と、展示の機会が多かったので、展示の機会に何かが大きく進むということは大いにありました。
川崎市本庁舎での展示は段階を追って進んできました。プレ万博の準備では来場者の「文化的処方」を収集するというしくみもなかったのです。「ミュージアム・イン・ア・ボックス」を見つけたところから部屋全体がボックスになり、ネットワーク化されて、万博ではスマホからコンピューターにデータを送るようになりました。
横浜美術館のリニューアルオープン記念展でもあった「佐藤雅彦」展(2025年6月から11月)では、佐藤雅彦さんとの共同制作で「計算の庭」という装置を展示していました。展示で蓄積されたデータの分析も今後やりたいと思っています。

編集部 今後の展望を教えてください。
桐山 AIを用いたロボットが自然な会話をすることを目標にすると、次の展示に向かってそれを準備していくことになります。また企業と共同での展示も考えていて、小田急ロマンスカーミュージアムで似たような形の展示をやったのです。次にまた企業でやるとしたら、今度はそこにロボットが入って、より自然な形で人間と会話できるバージョンを用意したいと思っています。声のやりとりはものすごく大きな可能性があると思います。その自然なやりとりを知識や表現の蓄積に結びつけられたら、展示というものの次元が増えると思いますね。
展示には来場者に合わせて技術的に進化していくという面と、情報を蓄積するという研究の面があります。川崎市本庁舎での展示に関しても2年間やってNFCの効果がだいぶわかってきたので、論文などで公開することで他の方も使いやすくなります。展覧会も大切ですが、論文という「公共の知識」にしておくことは、今後の研究者や技術を使って表現したい人にとっても技術の底上げになっていくと思います。





